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読んだ本 グラハム・ベル1

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みなさん、こんにちは!

今日は、電話を発明したことで知られる偉人、グラハム・ベルを紹介します。(長いので2回にわけます)
内容は、『グラハムベル 声をつなぐ世界を結ぶ』(大月書店)から引用しています。

ベルは電話を発明したことから科学者としてのイメージが強いですが、
両親の影響から聴覚障害児のための学校で補助教員としても働いていました。

ベルの父親、メルヴィルは大学の教授として演説や発声法を教えていました。
ベルが特に影響を受けたのは、父の『視話法』の講義でした。

『視話法』は人の声が発することの出来る音を記号に体系化したもので、
その記号どおりに唇、舌、その他の発声器官を使うと、どのような音でも…
例えば今までに聞いたことの無い言語の発声もすることができたのです。

ベルは父とともに、講義に参加し『視話法』の実演を行っていました。

母親、イライザは重度の難聴で管状の補聴器を使用していました。
イライザは難聴者でしたが優秀なピアニストでもありました。(特別な方法でピアノの音を認識できた)
ベルもピアノを学んでおり一時期はプロのピアニストを夢見ることもありました。

ベルは父から学んだ『視話法』を使えば生まれつき耳の聞こえない人にも声をつかって言葉を伝えることができると考え、実際に『視話法』を使った教育はろう学校で評判になっていきます。

このような経験をしていたベルには、『音声を伝える事』について科学的に考える下地がありました。やがて電気についても学んだベルは多数の電報を1本の電信線でピッチを変えて送るという『調和式電信』の開発にのめりこんでいきます。

『調和式電信』の研究を進めているうちに、ベルは言葉を電気で送ることに興味を持ちます。
しかし音声の知識は人並み以上のベルも、電気の知識は十分でなく、また手先も不器用で、思うように研究は進みませんでした。

そんなベルにとって電気技師のトマス・ワトソンとの出会いは、電話誕生にはなくてはならないものでした。ベルの不足を補うワトソンによって、開発は思考錯誤をしながらも完成へと進みはじめます。

また、資金面でもベルは大きな後ろだてを得ます。ろう学校の学長で法律家あったハバードから資金の援助を得られたのです。ハバードの娘、メイベルは5歳の時に病気で聴力を失い、ろう学校に通っていましたが、その時の教師がベルでした。
やがてベルはメイベルと結婚し、(写真が残っていてとても綺麗)ハバードは義理の父となります。

ハバードは、資金面での援助だけではなく、
電話が開発された後も特許を巡って様々な訴訟に見舞われたベル(エジソンが勤める会社からも訴訟をおこされていた)を法律家としても救ってくれました。
もちろん義理の息子ですし、たくさん投資して開発した電話の業績を他社にとられるのはハバード自身にとっても大きな不利益でした。

二人の大きな協力を得て電話は完成され、世界を驚かせました。
英国のヴィクトリア女王にも実演してみせるなど、科学者以外にも多くの人が注目したのです。

2へ続く

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